芥子山の福引会陽
福引会陽について

「広谷山如法寺無量壽院」は、聖武天皇の御代、神亀二年(西暦七二五年)、大倫上人の創設であり、本尊薬師如来は東大寺大仏建立でも有名な行基菩薩の作と伝えられております。
奈良時代から勅願時として栄え、特に花山法皇から特別の御加護を受け、広谷山を花山とも呼んでいました。
芥子山(備前富士)は、古より霊験あらたかな山として仰されており、頂上洞窟に祀られている鎮守重巖大権現(芥子山不動明王)は、悪疫退散身代わり不動尊として、遠近多くの者に崇められてきました。
現在では西大寺会陽の宝木(原木)取りの寺としても有名です。宝木の原木は天狗が運んでくるという伝承があり、芥子山山頂(天狗ヶ岳)には天狗岩が存在し、重巖大権現が祀られています。

当寺においても、かつては会腸が行われ宝木を授与していましたが、次第に会陽の行事も途絶え、大正初期に福引会陽として復活したものの諸事情により中止されておりましたが、平成十四年より復活いたしました。牛玉紙には不動明王の化身と、仁王経にある言葉が書かれています。
世の中の七つの大難(太陽の異変・星の異変・風害・水害・火災・早害・盗難)がたちどころに消滅し、七つの福が生まれるというありがたいお言葉で、この七つの福が七福神の信仰に繋がっています。
また若一玉子権現(にゃくいちおうじごんげん)は、熊野信仰の十二所権現の中にあります。
まずは、熊野三山で、本宮、新宮、那智です。次に、四所権現があり、その次には五所権現があります。合わせて十二所になります。若一玉子は、四所権現の一番です。
つまり熊野信仰では、四番目に重要な神です。権現とは仏が仮の形をとって現れたものです。神は仏の仮の姿、つまり権現、だとするものです。熊野三所の神は、阿弥陀仏、薬師仏、千手観音菩薩であるとされています。若一王子権現は、女の形をしています。神は天照大神で、本地は十一面観音です。
芥子山山頂に重巖大権現、中腹に若一玉子権現が祀られており、無量寿院境内にも祀られております。




当会場では、宝木二本(重巖大権現、若一玉子権現)、副宝木七本(七福神)を、福引によって授与いたします。
芥子山会陽の日には、福引会陽に合わせて”子供会陽”、”特別護摩祈祷”、”餅まき”が行われ、多くの方が集います。低学年から高学年までの子供たちが、西大寺観音院で行われる天下の奇祭”裸祭り”のように宝木を取り合います。
西大寺観音院の裸祭りと合わせて、宝木の原木取りの寺である当寺の会陽にも是非お立ち寄りください。